起業初期の予期せぬ事態に備える 事業継続計画(BCP)学習戦略
はじめに
起業されたばかりの段階では、事業を軌道に乗せるために多くのリソースを日々の業務や成長戦略に投入されていることと存じます。しかし、事業を取り巻く環境には、予期せぬリスクが常に存在します。自然災害、システム障害、サプライヤーのトラブル、さらにはご自身の体調不良など、万が一の事態が発生した場合、事業継続が困難になる可能性があります。
事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)は、そうした緊急事態が発生しても、事業資産への損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で再開できるようにするために策定する計画です。起業初期の段階では、BCPは大企業のためのものと考えられがちですが、限られたリソースで事業を展開しているからこそ、予期せぬ事態への備えはより重要になります。
この計画は、単に「何かあったらどうするか」を考えるだけでなく、リスクを事前に評価し、必要な対策を検討するプロセスを通じて、事業の脆弱性を理解し、強化するための貴重な学習機会となります。本記事では、起業初期の段階でBCPの必要性を理解し、具体的な学習を通じて実践可能なBCPの策定につなげるための戦略をご紹介します。
なぜ起業初期にBCPを学ぶべきなのか
起業初期は、ヒト・モノ・カネといった経営リソースが最も限られています。この時期に事業がストップしてしまうと、再開が極めて困難になるリスクが高まります。顧客からの信用失墜、取引の停止、資金繰りの悪化など、その影響は致命的となりかねません。
BCPを学ぶことは、単に「計画を作る」ことだけではありません。それは、ご自身の事業がどのようなリスクに晒されているのかを深く理解し、そのリスクが発生した場合に何が起こるのか、そしてどのように対処すれば損害を最小限に抑えられるのかを論理的に考えるプロセスです。この思考プロセス自体が、事業の安定性を高め、持続的な成長を支える上で不可欠な能力となります。
また、金融機関からの融資や補助金の申請、さらには将来的な資金調達の場面においても、事業の継続性への配慮やリスク管理体制は評価の対象となることがあります。BCPへの取り組みは、対外的な信用力を高める要素にもなり得ます。
起業初期のBCP学習ロードマップ
限られた時間の中で効果的にBCPを学ぶためには、体系的なアプローチが有効です。以下に、起業初期の起業家向けBCP学習の基本的なロードマップを示します。
ステップ1:BCPの基本概念を理解する
まずは、BCPとは何か、なぜ必要なのか、どのような要素から構成されるのかといった基本的な概念を理解します。専門的な書籍や公的機関が提供する入門レベルの情報を参照することが効果的です。
- 学習方法の例:
- 中小企業庁や地方自治体が公開しているBCP関連の入門資料やガイドラインを読む。
- 日本標準(JIS Q 22301)などの国際標準(ISO 22301)の概要を知る(規格そのものを詳細に理解する必要はありませんが、全体像を把握します)。
- BCPに関するオンラインセミナーやウェビナー(無料または低コストのもの)を受講する。
ステップ2:事業継続の対象を特定する(事業影響度分析の簡易版)
ご自身の事業において、緊急事態発生時に「これだけは絶対に止められない」という中核事業や業務、そしてそのために必要な資源(人、設備、データ、取引先など)を特定します。これは本格的な事業影響度分析(BIA:Business Impact Analysis)の簡易版として行います。
- 学習方法の例:
- 事業のバリューチェーンを書き出し、それぞれのステップで中断した場合の影響を考える。
- 最低限維持すべき機能をリストアップするワークショップ形式の資料やテンプレートを探し、埋めてみる。
- 過去に発生した同業他社の事例を調べ、どのような事業機能が影響を受けたかを学ぶ。
ステップ3:リスクを特定し評価する(リスクアセスメントの簡易版)
ご自身の事業を取り巻く潜在的なリスク(地震、火災、感染症パンデミック、サイバー攻撃、主要取引先の倒産など)をリストアップし、それぞれのリスクが発生する可能性(発生頻度)と、発生した場合の事業への影響度を評価します。影響度が高いリスクから優先的に対策を検討する必要があります。
- 学習方法の例:
- 中小企業庁や各業界団体が提示するリスクチェックリストを参照する。
- 地理的なリスク(例:水害リスクマップ)やIT関連のリスク(例:サイバー攻撃のトレンド)に関する情報を収集する。
- 簡易的なリスク評価マトリクス(縦軸に発生可能性、横軸に影響度)を作成し、リスクをプロットしてみる。
ステップ4:具体的な対策と復旧手順を検討・学習する
特定された中核事業と高リスクに対して、どのような対策が可能かを検討します。すぐに実行できる低コストな対策から優先的に学び、計画に落とし込みます。
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対策と学習内容の例:
- データのバックアップと復旧方法: クラウドストレージの利用方法、バックアップ頻度、復旧手順の確認。
- 代替オフィスの確保: 自宅、コワーキングスペース、リモートワーク体制の準備。
- 重要連絡先のリスト化: 従業員、主要取引先、顧客、行政機関などの緊急連絡先を整備し、共有する方法。
- 安否確認の方法: 緊急時の連絡手段(SNS、安否確認システムなど)を決める。
- 資金確保の代替手段: 緊急時の借入先候補や保険などを検討。
- サプライチェーン途絶への備え: 代替サプライヤーのリストアップ、在庫の適正化。
-
学習方法の例:
- 各対策に関する具体的なマニュアルやチェックリストを探す。
- クラウドサービスや連絡ツールなどの無料または低コストの代替手段を調査・試用する。
- 中小企業向けのBCP策定ツールやテンプレート(無料のものも多数存在します)を活用し、具体的な項目を埋めながら対策を考える。
ステップ5:BCPを文書化し、関係者と共有する
検討した内容を分かりやすく文書化します。これは、緊急時に誰もが参照できる「行動計画」となるため、簡潔で具体的な内容が望まれます。従業員や主要な協力者がいる場合は、内容を共有し、認識を合わせることが重要です。
- 学習方法の例:
- 公的機関やコンサルティング会社が提供するシンプルなBCPテンプレートを入手し、それに沿って記述する練習をする。
- 他の小規模事業者のBCP事例(もし公開されていれば)を参考に構成や表現を学ぶ。
ステップ6:定期的な見直しと訓練を検討する
策定したBCPは、事業環境の変化に応じて見直す必要があります。また、緊急時に計画通りに行動できるかを確認するために、簡易的な訓練(例:安否確認訓練、データ復旧シミュレーション)を行うことも有効です。
- 学習方法の例:
- BCPの見直し時期や項目に関するガイドラインを学ぶ。
- 簡単な訓練の実施方法に関する情報を収集する。
費用対効果の高いBCP学習リソース
起業初期の限られた資金の中でBCPを学ぶためには、費用対効果の高いリソースを選択することが賢明です。
- 公的機関のウェブサイト: 中小企業庁、各省庁、都道府県などが提供するBCP関連の資料、ガイドライン、テンプレートは無料で入手でき、信頼性が高い情報源です。
- 自治体のセミナー・相談窓口: 多くの自治体が中小企業向けにBCPに関するセミナーを開催したり、専門家による無料相談を受け付けたりしています。
- 商工会議所・商工会: 会員向けにBCPに関する情報提供やセミナーを行っている場合があります。
- 無料/低価格のオンラインコース・ウェビナー: Coursera, Udemy, YouTubeなどでもBCPの基礎や具体的な対策に関するコースや動画が見つかることがあります。評価などを確認し、目的に合ったものを選択します。
- 業界団体の情報: 所属する業界団体が、業界特有のリスクやBCP事例に関する情報を提供している場合があります。
- 書籍: 入門者向けのBCP関連書籍も多数出版されています。図書館なども活用できます。
これらのリソースを組み合わせることで、体系的かつ低コストでBCPの基礎から実践方法までを学ぶことが可能です。
まとめ
起業初期において、事業継続計画(BCP)の策定は、遠い将来のことではなく、事業の安定化と成長のために今日から始めるべき重要な自己投資と学習テーマです。予期せぬ事態への備えは、リスクを最小限に抑え、顧客や取引先からの信頼を守り、事業を継続させるための基盤となります。
本記事で示したロードマップを参考に、まずはBCPの基本概念から理解を始め、ご自身の事業に合わせた簡易的なリスク評価と対策検討を進めてみてください。公的機関や自治体などが提供する無料・低コストのリソースを最大限に活用し、限られたリソースの中でも実践可能なレベルからBCPを学び、策定していくことが重要です。
BCPへの取り組みは、事業の脆弱性を明らかにし、それを克服するための具体的な行動を促します。この学習と実践のプロセスを通じて得られる知見は、事業の持続可能性を高め、将来のさらなる成長を支える確かな力となるでしょう。